その他(若者と老人)
125329 > 教育論議の不毛性
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 06/07/09 AM10 【印刷用へ】
> その他(幼・少・青・壮・老)
> 60619 教育論議の不毛性
> 岩井裕介 ( 31 山口 再開発プランナー ) 03/08/26 AM01 【印刷用へ】
> 学校教育に関していえば、官僚・政治家・マスコミ・学者が展開している「教育論議」そのものも、思考停止状態にあるのではないかと思う。
同感です。我が国のインテリには問題があります。121479
> これまでも、詰め込み批判、ゆとり、学力低下といったキーワードが新聞・雑誌・テレビetcで争点にのぼってきたが、議論の枠組み全体に大きな違和感を感じる。
日本人の議論は、キーワードを「題」とした歌会のようなものである。106839
> 気分的・心情的に「悪玉」(ex.受験競争は悪、文科省が悪い)を設定して批判し、結局、悪玉を反転させただけの抽象的な「べき論」しかでてこない。
日本人の「べき論」は、小言・片言・独り言のようなものである。81994
「あるべき姿」の構想に基づいた自己の世界観を表明するものではない。93201
> 教育をめぐる事態は、善玉・悪玉で片付けられるような単純な問題ではないはずなのに、緻密な状況把握はすっとばされて、いつのまにか、争点は、安直な(ある意味でわかりやすい)二元論的構図に集約され、「何故か?」を問う原因分析がことごとく欠落していっている。
思考停止の状態では、原因分析は無理でしょう。84687
> この繰り返しで、教育界全体が、不毛な議論から抜け出せない、身動きが取れない状況に陥っているように見える。
意見の出ない議論は、不毛な議論ですね。82251
> 教育問題に限らず、人々を思考停止させる構造こそが、現在の混迷の原因なのではないかと思う。
思考停止させる構造は、日本語の中にあると考えられます。82285
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その他(マスコミ)
125296 > 閉塞の原因
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 06/07/08 PM10 【印刷用へ】
> その他(社会統合)
> 59624 閉塞の原因
> 山田渉 ( 壮年 愛知 企画 ) 03/08/07 PM05 【印刷用へ】
>>…共認原理へと時代が変わったにも関わらず、ごく一部のマスコミや教育機関によって肝心の社会の共認内容が決まっている事に現在の根本的な閉塞の原因があるのは間違いないでしょう。(59487)
個人個人の議論ができないのでは、共認内容を前もって決めておく必要がありますね。84361
> 現代社会が閉塞していることについてはほとんどの人が異論を挟まないだろう。
無為無策では、社会は閉塞しますね。82242
> 同時に、その状況を突破することを皆が求めているのに、それが実現化しないままいたずらに時が過ぎていることも皆が認めるところだと思う。
現実構文の内容は、実況放送・現状報告のような内容となりますね。82057
> 識者や官僚、政治家達が発信する目先を変えた対策に、半ばあきらめつつも、他に答えもなさそうだから結果が出るまで推移を待つということが繰り返されてきている。
個人意見が、日本人社会に払底していることが問題です。94865
> バブル後、最優秀の人材の集まりと思われていた大蔵官僚たちの打つ手が全く役にたたなかったことが明らかになり、変わって経済界などから人材を募って新機軸を打ち出そうとしているが、これもまた期待できそうに無いと皆が感じているのではないだろうか。
序列観念にとらわれつつ、期待・願い・祈りに身を任せているのですね。102795
> 教育の問題については、誰もが口を挟めそうな問題であるがゆえに、マスコミ上でも盛んに議論が展開されているが、結局答えは明らかにならずに、目先を変えた取り組みが打ち出され、その結果が出るのを待つということにしかならないと思われる。
社会の意思決定の過程を論ずるのが関の山で、その意思の内容を論ずるまでにはいたっていない。90612
意思決定の過程は現在構文の内容であり、意思の内容は未来構文の内容である。82180
日本人の考える内容は、現在構文の範囲から出ることはできない。82123
> 識者や専門家と言われる人材たちがこれほどまでに無能化してしまっているということを改めて自覚しなければいけないと思う。
彼らには、生きる力がないのですね。その原因は知られていない。108633
> 問題事象を捉え、その原因究明から対策を考える過程で、潜在思念レベルでは何か違うと感じたとしても、既成の理論に基づけばこうなるはずだという思い込みでしか前へ進めなくなっているのだと思う。
潜在思念を考えに変換する過程が隘路になっていますね。118432
すべての考えは文章になる。文章にならないものは考えではない。94864
> これは自分達にも当てはまることで、「マスコミや教育機関などによる共認支配」の結果、既に役に立たなくなっている旧い観念や理論に縛られているところに閉塞の原因があることは明らかだと思う。
観念 (idea) が役に立たないことは、残念なことです。125150
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日本人と縄文体質
125220 > 日本人に合ったやり方があるはず
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 06/07/08 AM00 【印刷用へ】
> 日本人と縄文体質
> 15810 日本人に合ったやり方があるはず
> 森本亜希子 HP ( 20代 岐阜 デザイナー ) 01/11/09 PM08 【印刷用へ】
> 西洋が「罪の文化」なら、日本は「恥の文化」という言葉があるくらい、日本人って何よりも仲間を羅針盤にしてた民族文化ですよね。
仲間を羅針盤にするということは、横並びの比較をするということですね。82942
> その日本人が制度だけ西洋人の真似をしても、こころの有り様はそう簡単には変わらないからこそ、「誰も見ていなかったら何でもあり」になるんだろうなと思います。
礼儀正しい日本人の悩みですね。103009
> 西洋には誰が見てなくても、神様が見てるというこころがあります(まあそれも昔ほど強固かどうかはわかりませんが)。
彼らは、四六時中神様に見張られているといいます。122229
> 今更日本人にこの唯一神意識が芽生えることはどうも考えにくい。むしろ馴染み深い「みんなが見てる」意識を再生出来る場を作ることが大切なのだと思います。
見栄と外聞の世の中ですね。84743
それなら、世界にあって世界に属さずということになりますかね。99782
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日本人と縄文体質
125168 > 「発信」を知らない若者が増えている?
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 06/07/07 PM06 【印刷用へ】
> 日本人と縄文体質
> 10800 「発信」を知らない若者が増えている?
> 平野令 HP ( 37 大阪 建築家 ) 01/09/14 PM09 【印刷用へ】
> 今日、情報メディア関連の施設計画の参考になるのでは?と案内をもらって、とある情報教育のセミナーに参加してきました。> そこで、大学生向けのe-learningシステムが、日本で普及しにくい理由のひとつとして、
> 「日本の学生は、受動的に知識を受け入れる訓練ばかり積んでおり、
意思がないので、受動的にならざるを得ない。82242
> キャパシティーは大きいが、自ら発信する体験が非常に乏しく、
詰め込み主義ですね。93613
> 掲示板やチャットルームを設けただけでは誰も書きこまない。
意思もなければ、書く内容もない。92540
> 欧米よりも、発信を促す仕組みに工夫がいる」というような話題が出ました。> 学校の授業なんかで当てられても、「とくにありません」と異口同音に答える光景を見ていると、「発信した経験が貧弱」という点は当ってるかな?と感じました。
> “発言規範”の背景には幼少期からの“目立ってはイケナイ規範”とも通じるものがあるのでは?
考えそのものがないのでしょう。82144
また、他人と「異なっている」ことにも酬いはない。103454
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社会活動を事業化する、半専任・半事業の運動論
125158 > 同窓会は異業種仲間の交流会
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 06/07/07 PM04 【印刷用へ】
> 社会活動を事業化する、半専任・半事業の運動論
> 16534 同窓会は異業種仲間の交流会
> 吉原徹 ( 50歳代 大阪 現場監理 ) 01/11/18 PM01 【印刷用へ】
> 呉服屋の主人、ホテル支配人、キャリアウーマン、デザイナー、大学教授・・・それぞれ道は違うものの共通している事は、比較的まとまった時間と経済的余裕を持ったシニア世代だと言う事である。
> 和気あいあいに歓談している内に、「多種多様な部門で活躍してきた我々が、それぞれの経験や知識を出し合えば何か大きなことが出来るのではないか?」と思い始めたが、話はそれ以上進展しなかった。
> 「本気で何かに取り組みたい。しかし、何に取り組んだら良いのかが分からない。」・・・常に新しい刺激、自分再発見、充実した日々、親密な人間関係などを捜し求めながらも具体的な目標が定まらず、さまよい続けるシニア世代・・・
> どこかに道しるべを見つければ、一気にそれに向かって猛進しそうなシニア世代の集まりであった。
さまよい続けるシニア世代で「あるべき姿」の研究でもしてみては、いかがでしょうか。82476
そうすれば、我々日本人も偉大な社会を建設することができるでしょう。124503
TBSブリタニカとブリタニカ国際大百科事典を作ったフランク・ギブニーは、<人は城、人は石垣>の中の <義理と人情のクモの巣社会> で次のように述べています。記述は少々古いのですが、基本的な事柄は今日でも何ら変わっていません。83850
「東京は絶望的に混み、汚れ、醜い。耐震性だと称する無趣味な新しい高層建築のまわりにはチャチな木造住宅がまだ群がっている。驚くほど緑のスペースがない。利用可能な平坦部のほとんどが、都心から半径25マイルの果てまで、団地にとられている。下水道がないところも多い。こわい光化学問題があり、郊外地域ベルトは窒息するほど非想像的に計画され、地価は想像を絶し、いたるところに手のつけようもないほどの群衆が渦巻いている。」
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何で新理論(構造認識)が必要なの?
125150 > 支配観念と言うプログラムを超えて
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 06/07/07 PM01 【印刷用へ】
> 何で新理論(構造認識)が必要なの?
> 18912 支配観念と言うプログラムを超えて
> 西谷文宏 HP ( 24 和歌山 建築設計 ) 01/12/19 PM11 【印刷用へ】
> 観念とは何なのか?> 何となくわかったつもりでいるけれども、今一はっきりしない> どこか、現実の生活とは切り離された部分にある気がする
同感です。観念(idea)は、目先・手先の事柄とは切り離された内容ですね。86547
> 実現論によれば、観念の起源は、「極限時代、直面する過酷な現実対象=自然を凝視し続けることで、感覚に写る自然の奥に、応望すべき相手として精霊を措定したことにある」とあります> 「精霊という観念」を措定することにより、人類は自然を認識、対象化(=理解)することが可能となったのでしょう
> このように整理して考えてみると、現代の私たちを取り巻く(近代)観念が、いかに異常なものであるかがわかります
日本人に観念は馴染まないようですね。82320
> 「愛」「自由」「平等」「人権」等、行動する上での根幹・指針となる観念(価値観念)に始まり、「個が大切」と言う個人主義や私権と言う統合観念まで、全ての観念は親からの教えや学校教育の中、そしてマスコミを通して私たちに「刷り込まれた」ものです
「愛」「自由」「平等」「人権」等は、「あるべき姿」の内容ですね。82285
> これら刷り込まれた「観念」は、現実を直視する中で獲得・形成された(人類本来の)観念ではないので、対象は現実の中になく、頭の中にある価値観念の世界で自己完結しているに過ぎません
観念は、現実直視だけでは出てきませんね。思索が必要です。83415
おっしゃるとおり「観念」は、頭の中にある価値観念の世界で自己完結するものです。122467
> どれだけ「自由」だ「平等」だと言っても、どこか薄ら寒く、空しいのは、その対象が頭の中で勝手に都合よく作られたもので、現実には存在しない為でしょう
「不自由を常と思えば不足なし」、「世の中、万事不平等」ですかね。不自由・不平等には実感がありますね。86547
「自由」だ「平等」だと言っても、どこか薄ら寒く、空しいのは、それらの単語が実況放送の内容でも現状報告の内容でもないからです。82057
> これらの観念などに頼らなくても、対象を直視し、奥底に流れる潜在思念に耳を傾けさえすれば、もっと根源的なレベルでの「愛」も「自由」も「平等」も感じられるはず
潜在思念は感じられるし、人畜共通ですね。すべての考えは、文章になる。文章にならないものは考えではない。107515
> 私達は、「刷り込まれた」観念を疑うことなく、頼ることで、対象を理解しようとする姿勢を完全に忘れてしまっている、捨ててしまっていると言えます
観念は、日本人にとって「刷り込まれた」観念でしかない。つまり、理解にはつながらず、詰め込み主義の重荷としかならない。82144
これが日本人の教育問題ですね。93843
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どうしたら成果を上げられるの?
125010 > 精神論になるのは何で?
寺嶋眞一 ( 老年 静岡 無職 ) 06/07/06 AM11 【印刷用へ】
> どうしたら成果を上げられるの?
> 121444 精神論になるのは何で?
> 山崎許子 ( 28 札幌 OL ) 06/06/16 AM02 【印刷用へ】
> 仕事のミスを総括しても、謝罪や精神論に終始する人は多い。
当人が謝罪すれば「勝負あった」となって、以後「下」と見られます。108672
あやまる儀式は、我が国の伝統的な行事のようなものですね。124512
> 「不注意を改めます」「頑張ります」と言われても、何の答えにもなっていないのは明らかなどころか、それを受ける多くの人の期待を裏切ることにさえなるのに、それに気付かないのは何で?
関係者は、当人の格下げの方に気を取られてしまっているのではないでしょうか。102931
フランク・ギブニー (Frank Gibney) は、自著<人は城、人は石垣> (Japan: The Fragile Superpower)の<義理と人情のクモの巣社会>の中で、次のように述べています。
「ドライバーがだれかを負傷させた場合、無罪か有罪かは別として、刑を決める主要な要素の一つとして、加害者がどんなに早く土産物を持って病院を訪ね、あやまるか、ということがある。日本の判事はそのようなことをたいへん重んじる。あやまる儀式の重要性は20世紀末でも12世紀初めでも変わらない。」
> 確かに、失敗の背景にある「自分」の不注意や不真面目さに気が付くと、申し訳なさが先行する。しかし、これが既に思考を停止させているのだと思う。
同感です。人間の至らなさは、誰にでも生涯付いて回るものです。103813
フランク・ギブニー (Frank Gibney) は、自著<人は城、人は石垣> (Japan: The Fragile Superpower) の<義理と人情のクモの巣社会>の中で、次のように述べています。
「ギリシャや北方人の部族神から、カルビンはいうに及ばず、モーゼ、アウグスチヌス、トマス・アキナスの神にいたるまで、西欧人は天国から見下された、多少ともたよりなく、不完全な世界を見てきた。、、、、、、」
> 自分の起こした失敗は、万人にも起こりうる可能性があると意識を転換できるかどうかが重要だ。不注意が発生するシステムや失敗を誘発する分担というところまで振り返って原因追求してみないと、実は問題は解決したことにならない。
同感です。我々には、個々の不完全さの究明が必要ですね。91872
原因究明と、その結果に基づく再発防止策が必要ですね。111727
> その為には、一旦自分のミスを棚上げにして、全体を捉えなおさなければいけない。自分を棚上げにしてシステムや分担に言及するのは罪悪感があるけれど、その罪悪感こそが「自分発」の守り(本源風欺瞞観念)であり、仕事をみんな課題として捉えることにブレーキを掛ける真の原因だと思う。
同感です。108242
我々には、絶えず「あるべき姿」に近づく努力が必要ですね。103487
> 常に思考や感覚をみんな発にしておかないと、小さな失敗さえ総括できない。自分発の対象の捉え方では、もう全く通用しない。
自己利益の範囲が狭すぎますね。82596
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その他(若者と老人)
124992 > 育てられるよりも、一緒に考えたい。
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 06/07/06 AM03 【印刷用へ】
> その他(幼・少・青・壮・老)
> 56135 育てられるよりも、一緒に考えたい。
> 北村喜裕 ( 24 奈良 会社員 ) 03/06/03 AM01 【印刷用へ】
>>この「育てる=手本を示すこと」っていう関係構造だと、どうしても年配者は手本となる手前、先ず答えを持ってなきゃいけなくなる。55928
> どのような場においても、「教える」「教えられる」というだけの関係だけでは限界があるんじゃないでしょうか。皆にとっての不全、未明課題なら、あらゆる場面がそれを探る場になるはずだし、そこでは教える、教えられるの関係以上に、一緒に考えていくことが重要なはずです。
同感です。82023
> 一方が、「これが答えだ」と思って押し付けても、もう一方はいまいちすっきりしていない。共感できないということはそれは現実を対象化した皆にとっての答えではないということだし、そういった「その人の答え」を「教える」ために異世代とのコミュニケーション術を身につけようとするなんていうのは意味がなく、むしろ世代間の不毛な対立を生む結果になると思います。押し付けられる答えは不全にしかならないし、歩み寄っているように見えても本当は隔たりをつくっています。
一人一人の勉強が必要ですね。108269
>>身分序列を嫌うくせに、結局は「経験」からの自信やプライドがもたらすヒエラルキーの枠の中にとらわれているようです。(56051 河野さん)
日本語の世界に住みながら、序列観念から逃れることは難しい。103009
> 経験というものがプライドやヒエラルキーの明示といったかたちで現れてくるのでは、今まで長く経験を積んできたその人の何を尊敬してよいのか分からない。それよりも、長い経験のなかで常に変化していく現実から目をそらさず、どのような場においても皆で考えていこうという姿勢をもち続ける人に対しては、同じ当事者として素直に尊敬することができます。
同感です。82942
我が国においては、過去の人が過去の人にならない。同様にして、現在の人が現在の人にならない。108123
> 共通課題の場において、「育てられてる」とか「教えられてる」といった状態にはすごく違和感を感じます。答えを与えてほしいのではなく、一緒に考えたいと思います。
日本語の世界に住みながら、受身の状態から逃れることは難しい。82242
その理由は、日本人には意思がないからです。90887
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その他(マスコミ)
124950 > 「なんとかなる」は現実逃避
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 06/07/05 PM10 【印刷用へ】
> その他(社会統合)
> 55186 「なんとかなる」は現実逃避
> 杉江由衣 ( 21 学生 ) 03/05/17 PM02 【印刷用へ】
>>「どうにかなる」とか「なんとかなる」は、所詮傍観者なような気がします。その言葉によってその時点で思考停止に陥り、自分では行動せずに 「周りが何とかしてくれる→なんとかなる。」と、最初から最後まで当事者にはなり得ない。54932
同感です。95320
> 本当にその通りだなぁと思います。
> 「なんとかなる」ではなく「なんとかする」「なんとかしよう」とならなければ当事者ではない。「なんとかなる」は現実逃避である。
個人の意思に関する問題ですね。98352
> また、「なんとかなるよ」と誰かに言うのも実は何の慰めにもならないのではないだろうか。
> みんな期待への答えや現実直視が求められている現代、「なんとかなるよ」は何の答え=充足にもならない。
> 実際、私自身このような言葉を言ってもらって充たされたことはない。
> これっぽっちもその人(みんな)の期待に答えていないことになる。
「そのうち何とかなるだろう」は、「とかく、この世は無責任」ということでしょうね。84432
>>逆に「中小企業で自分の居場所を確認しあえる会社」「企業の一部としての社員ではなく、みんなで企業を支える」といった風に変わってきていると思います。(→学生や若者の企業選びに関して) 54932
> これも、「なんとかなる」という言葉に違和感を感じ、これではどうにもならないという事に気付いたからであろう。
どうにもなりませんね。95997
> この類ネット上でも話題になっている「何でだろう」のように、「なんとかする」「なんとかしよう」も実感に立脚した現実直視の言葉であり、誰もが当事者となり、みんな期待に答えられるものへとつながり、ここから充足を得ていくこともできるであろう。
現実構文に、現実の内容が盛り込めれば、問題のひとつは解決しますね。82476
しかし、考えには未来構文と過去構文の内容も必要でしょうね。82320
> 「何でだろう」と同じように、私は「なんとかする」「なんとかしよう」という言葉にも魅力を感じています。
意思のあるところに、方法があるのでしょうね。90706
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マスコミによる共認支配の怖さ
124930 > 思考停止状態
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 06/07/05 PM09 【印刷用へ】
> マスコミによる共認支配の怖さ
> 15593 思考停止状態
> 西村真治 ( 35 滋賀 現場監理 ) 01/11/07 PM10 【印刷用へ】
>>むしろ、活力を感じられるものとして社会変革に向かおうとするネット構築に、何故普通の人々の加速度的な参加が今もって無いのかを考える必要があると思う。 15527
個人的な意見がないからでしょう。84361
> マスコミによって、観客として飼いならされ”考えること”を忘れさせられた、からではないだろうか?
同感です。124723
思考停止の状態です。82285
我々大和民族の基本姿勢のようなものですね。83281
> 潜在思念上は、「おかしい」「何とかならないか」とは、思っているものの、どうしてよいかわからない。
どうしてよいかわからないのは、ごく普通の人ですね。106805
奥ゆかしい人です。124723
潜在思念は人畜共通でしょうが、それを考えるのが、頭の使い所ですね。107515
> 結局、誰か(マスコミや知識人等)が、答えを出してくれると思っているし、待っているというのが現状ではなかろうか。
期待・願い・祈りの多い社会ですね。124512
答えに関する詰め込み主義の姿勢ですね。93613
> ネットも同じことが言え、(闇空間でなくなったとしても)ROMすることはあっても発信(投稿)しない、となる。
個人的な意見がないからでしょう。83459
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