アメリカ:闇の支配構造と略奪戦争
145102 > 日本人の盲従性について(1)
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 07/02/16 PM09 【印刷用へ】
> アメリカ支配が続くのは、何で?
> 12366 日本人の盲従性について(1)
> 雪竹恭一 ( 38 大阪府 営業 ) 01/10/02 AM00 【印刷用へ】
>>このアメリカへの盲目的な追従は一体何なのか?何が原因なのか?第二次大戦で負けたから?それだけじゃないような気がする。12272
> これは、日本の将来を考えるうえで、非常に重要な問題だと思われますので、私も少し考えてみたいと思います。
非常に重要な問題だということに関して賛成です。82320
> 精神分析学者の岸田秀氏は、「日本近代を精神分析する」というような論文(正確なタイトルは忘れました。すいません。)の中で、「日本人はペリーの黒船来航以来、欧米迎合の外的自己と、日本の伝統的アイデンティティを守る内的自己とに精神分裂してしまった」という主旨のことを書いておられましたが、私も、この分析は、かなり当たっているのではないかと考えています。
ナウな感じというか、日本の伝統的アイデンティティが、欧米迎合をさせているのでしょうね。84217
> 日本人は、持ち前の融通無碍の精神で、海外の文化や宗教をうまく取り入れ、独自の文化として融合させてきたという歴史を持っていると思います。
全ての現象を自己流に解釈してきた結果でしょうね。94682
つまり、勝手な解釈をして拒絶する部分が少なかった。85449
> ところが、明治以来の近代化によって輸入された欧米の近代思想は、従来の日本人の精神世界とは、あまりにも考えが違いすぎたので、表層だけは近代思想を受け入れておきながら、内心では従来の日本的精神世界は温存するという、一種の妥協策を多くの日本人はとってきたのではないでしょうか。
欧米の近代思想は、日本人にとって今様でありナウな感じのする文化であった。84217
従来の日本的精神世界は日本語による考えとして温存されている。99649
一種の妥協策は、意訳、違訳、異訳によりなしとげられた。128704(正誤表:のでは、日本語で→のは、日本語で)
> 日本人は、一見アメリカに盲従してきたように見えますが、実は、完全には盲従しきってはいない面も残しているという二面性をもっています。
日本人の猿真似は、英語脳の獲得による結果ではありませんね。83415
アメリカに対しては面従腹背か。100260
> かっこよく言えば「和魂洋才の精神」、悪く言えば「なあなあ」或いは「強い者には巻かれろ式の精神」ということになりますが、それが、岸田氏に言わせると、「精神分裂的」ということになるのでしょう。
精神の内容もなければ、精神の分裂もない。ただ、いろいろあるだけである。83201(正誤表:「あるべき姿」ない→「あるべき姿」のない;わが国民フ言語→わが国民の言語)
> 問題は、「なぜ、そのような妥協的(分裂的)精神構造を持たざるを得なかったのか?」、「なぜ、欧米思想に(表層的にしろ)盲目的に追従するのか?」という原因ですが、私は、「圧倒的な武力(軍事力)の差をもって、強迫されたこと」と「日本人の多くが、アメリカ流の、物的に豊かで、自由な生活に憧れた」ということが、基本的な原因になっていると思います。
欧米の気分・雰囲気に酔ったのでしょう。歌詠みは、とかくそうしたものです。82144
> 岸田氏流の精神分析で言えば、「武力(軍事力)や生活水準(科学技術)の差に対するコンプレックスが、自らを強迫した強者への盲目的追従的精神を生み出した」てなことになるのかも分かりませんが、私は、これは、もっとマクロに捉えるなら、「私権統合の社会フレームの中での必然」とでも言えるのではなかろうかと考えています。
「上と見るか、下と見るか」の判断に従えば、日本は下と見られた。97858
「世界一の黍団子、一つ下さいお供しましょう」ということであれば、日本人ならば子供でも納得できる。85128
> そして、私権統合というフレーム自体を問い直さなければ、盲目的追従は変わらず、日本人の精神的統合も有りえないだろうと思います。(続く)
英米文化に関しては英語脳による理解が必要ですね。そうすれば、自主・独立 (independent) も自ずと理解できるようになる。102886
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閉塞の元凶は、個人主義
145049 > 『何のために生きるのか?』を考えるのはビョーキ
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 07/02/16 AM05 【印刷用へ】
> 閉塞の元凶は、個人主義
> 74220 『何のために生きるのか?』を考えるのはビョーキ
> 雪竹恭一 ( 38 大阪府 営業 ) 04/06/29 PM11 【印刷用へ】
> 露店でも時々聞かれることはありますが、『何のために生きるのか?』というようなことを考えること自体、はっきり言ってビョーキだと思います。このようなことを考え悩んでいる人は、ほぼ間違いなく、不全型で、自分ひとりでウンウン唸っているタイプです。普通の人は、『何のために生きるのか?』ということよりは、むしろ『どのように生きるのか?』『生きるために何が必要か?』ということを中心に考えているのではないでしょうか。
そうでしょうね。ビョーキだとまでは言い切れませんがね。83415
『何のために生きるのか?』には、理想的な生活への楽しみがありますね。102019(正誤表:ことがでる→ことができる)
『どのように生きるのか?』『生きるために何が必要か?』は、その日暮らしですね。97794
もちろん、現実の世界で生きるためには、その日暮らしの知恵は非常に貴重ですがね。85728
> 今や誰もが「どうしたらいいか分からない」というような収束不全を抱えており、みんなが心の深いところでは己の存在理由を探しているという意味では現代人に共通の問題であると言えるかも知れません。しかし、『何のために生きるのか?』という問いが、内面に答えを探るというベクトルが強いのに対して、『どのように生きるのか?』『生きるために何が必要か?』という問いは、逆に外の対象世界に答えを探るベクトルの方が強いという違いがあるような気がします。
同感です。136035
『何のために生きるのか?』は内省的であり、『どのように生きるのか?』『生きるために何が必要か?』は世俗的ですね。97858
> そもそもこのような疑問が出てくる理由は、社会全体の目標が見えなくなったことや、周りからの期待や役割を感じられなくなったことなど、社会や集団が統合力を失い、人間関係が希薄化・表層化したことが考えられるとは思います。
同感です。112665
我々には、社会全体の目標を指し示す個人的な指導者が必要ですね。104809
希薄化・表層化したつかみ所のない人間ばかりでは、個人選びができない。142011
とかく、この世は無責任となる。84432
> しかし、さらに根本的なところから言えば、やはり「個人を原点」にして「生きる意味は自分で見つけなさい」と教えるような個人主義思想・自我思想の影響がその原因になっていると思います。
「個人を原点」にして「生きる意味は自分で見つけなさい」と教えるのは、個人に生きる力が必要であることを認めたものでしょう。139852(正誤表:増水よる→増水による)
> 「個人が原点」などという観念を使ってものを考えれば考えるほど、内面の「個人」や「自我」の中に答えを探そうとして出口がなくなるという思考のループに嵌りこんでしまいます。
我々には、個人の自力を高める教育が必要です。106379
> 『何のために生きるのか?』という内向き探索の出所が、個人主義思想・自我思想であるとしたら、それは明らかにビョーキであり、それでは永遠に答えは出ません。人間が共認動物である以上、存在理由の答えは内面の「個人」や「自我」にはなく、みんなの期待の中にあるのだから。
群れて暮らしを立てるのは人畜共通ですね。141832
その上にプラス・アルファがあるならば、それは人間性によるものと言えるでしょう。95791
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何で新理論(構造認識)が必要なの?
144893 > 事実認識・構造認識の努力
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 07/02/14 AM10 【印刷用へ】
> 何で新理論(構造認識)が必要なの?
> 20290 事実認識・構造認識の努力
> 沼田竜一 ( 42 北海道 エンジニア ) 02/01/08 PM11 【印刷用へ】
>>私たちが目にする状況は、過去から積み重ねられてきた状況の変化の最先端部分なのではないかと思います。それが歴史なのではないでしょうか。とすれば、現実直視とは、現在起きている状況だけを捉えてみても分かるはずがありません。
同感です。106805
現実の理解には、歴史の勉強が必要ですね。105787
> 最近特に歴史認識の重要性を感じています。
> 例えば、昨年のテロ事件とアメリカの報復行動などは、どの様な背景があってあの様なテロが起こったのか、また、アメリカの主張する正義とはいかほどのものなのか、を考えさせられる機会でもありました。
> これをきっかけにイスラム教のことやキリスト教のことなどを調べ、現代の民主主義や自由主義を改めて見返すことにもなり、大きな歴史の中での現代(今)というものを改めて再認識する思いに到っています。
> 同時に、調べれば調べるほど様々な認識が存在することにも驚かされました(今までの無知を恥じる思いもあります)。
> 私は戦後の教育において我が国に限らず世界の歴史を学んできている筈なのですが、非常に表面的な事象しか教わってきていなかったのだな〜.と落胆したものです(いわゆる、受験用の勉強しかしてこなかった自分の責任でもあるのですけど)。
同感です。128172
受験対策の方便にしかならなかった。136484
> 改めて、私たちは教育やマスコミを通じて非常に断片的な情報しか得ていないのではないか?という思いを強くしました。ある意味、何か特定の価値観に沿った片寄った情報を植え付けられているのでは無いか?とさえ思えてくるのです。
非常に断片的な情報を得ているとの見解に賛成です。90009
日本人には世界観がないからでしょうね。83201(正誤表:「あるべき姿」ない→「あるべき姿」のない;国民フ言語→国民の言語)
日本人の「世の中は、、、、、」の中身は現実構文の内容であり、英米人の世界観の中身は未来構文の内容です。94865
> ある種の偏りを持ったマスコミ報道や教育の批判もできるのでしょうが、これからは自らが事実を探索し、自らが事実の構造化を図る努力も必要だと痛感します。これらは与えられても身に付かないものかも知れない.というのが感想です。
同感です。140938
我々には、大人の勉強が必要ですね。103870
単なる噂話のようなものでは、与えられても身に付かないですね。135425
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その他
144837 > マスコミの基本スタンスは、そもそもが「人それぞれ」≒「個人主義」
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 07/02/13 PM05 【印刷用へ】
> その他(社会統合)
> 70801 マスコミの基本スタンスは、そもそもが「人それぞれ」≒「個人主義」
> 谷崎俊文 ( 28 京都 建築計画 ) 04/04/21 PM10 【印刷用へ】
> 露店をしていると、たまに、マスコミ関係者もやってくる。> 先日も、マスコミ関係者と話す機会があったのだが、普段と変わらず話していて、ふと違和感を覚えた。> 普段話している普通の人と違う違和感。> その中身が彼らと話していくうちに明確になってきた。> 彼らは、考え方が合わないと思えば、断固、拒否(閉じた)姿勢をとる。
マスコミ関係者も彼ら自身の意見を訊ねられれば、あなたの主張に対して断固、拒否(閉じた)の姿勢をとることもありうるでしょうね。
> 一般的な普通の人のように、実感と違う部分を指摘し、追求しようとするでもなく、相手の真意を理解しようとするでもなく、「人それぞれ」に徹しようとするのだ。
現実直視すれば、人それぞれでしょうね。112064
真意は困りますね。133745
一般的な普通の人というのは、つかみ所のない人のことではないでしょうか。82478(正誤表:’You can read more at’ を削除する )
そのような人は、実感とか、気分・雰囲気に関する話に終始するのではないでしょうか。90706
> 個人主義は、今の世の中でもある程度、蔓延しているし、「人それそれ」といった対応をとられることも少なくはない。
個人主義は大切です。104107
馴れ合いというか、談合体質を好まない人も中にはいるでしょうけどね。143458
> しかし、普通の人と違うのは、徹しようとする姿勢だ。
信念の人ですね。考えるところのある人ですね。85322
それで、あなたは相手の意見を理解できたのですか。136658
> 「取材」と称し、傍観的に接しようとする姿勢。
自分個人の意見はさておき、相手の意見を理解しようとする努力は必要ですね。128685
> 人には人の考え方があるのだから…と、そこには踏み込まず、ただ、傍観的に伝えようとする。
傍観的に伝えるのなら無視すべきかもしれませんね。144177
意義ある内容が必要ですね。105530
> マスコミの基本スタンスは、そもそもが「人それぞれ」≒「個人主義」なのではないだろうか?
個性ある個人の意見に注目して下さると良いのですがね。99069
> そしてそれを徹底する。
意見により、個人を分けて考えることは、大切なことでしょう。82123
> だから、いつまでたっても当事者になれないし、旧観念から抜け出せないのだろう。
日本人は意思の力が弱いので、自分自ら抜け出すような努力はできないですね。84819
賛成派の当事者にもなれなければ、反対派の当事者にもなれない。98352
二分法は大嫌い。歌詠みの世界に住んでいるのか。優柔不断に見える。83749
だから、英米の世にありながら世界に属さずなのかもしれませんね。99782
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その他(国家時代)
144719 > 言葉の持つ力1−福沢諭吉と「個人」
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 07/02/11 PM10 【印刷用へ】
> その他(国家時代)
> 25883 言葉の持つ力1−福沢諭吉と「個人」
> 岩井裕介 ( 29 山口 再開発プランナー ) 02/03/07 AM00 【印刷用へ】
> 「個人」という言葉は、明治期につくられた新造語であることは、意外と知らない人も多いかもしれません。英語でいうところのindividualの翻訳語としてつくられたわけですが、当然ながら、それに対応する日本語はそれまで存在しませんでした。
新造語で異文化の輸入が可能になると良いのですがね。84909
我が国には、今日に至るまで実質的な個人 (individual) もなければ、個人主義 (individualism) もない。102748
> 「個人」という文字の含まれた言葉を、individualに近い意味で、最も初期の頃に用いたといわれるのは、福沢諭吉です。
> 福沢諭吉は当初、individualの訳語に「人」という語をあてていました。福沢は、当時の知識人達が好んで用いた、いかめしい「四角張った文字」(四文字の漢語など)を嫌い、「穏かなる日本語」で思想を表現しようとしたと言われていますが、この場合も、平易な日常語に置き換えようと努力したのでしょう。しかし一方で、原語のindividualが西洋近代思想のなかで果たしている役割と、古来からの日本語「人」に蓄積された意味との間にズレがあることも自覚していたようです。
人には、考えの内容がないですね。現実を直視すること人畜共通ですね。125880
個人には、個性ある考えの内容がある。82123
> 福沢諭吉は、日本において、ヨーロッパ文明におけるindividualを参考としつつ、日本の生きている言葉から出発して、理想とする文明論を啓蒙、普及させようとしました。しかし、現実には、その理想は成らず、完全に行き詰まってしまうことになります。
木に竹を接ぐ考え方では無理でしょうね。82320
> そして、この思考の行き詰まりのところで、individualの訳語として、「独一個人」という未知の語を登場させることになります。福沢自身の嫌っていた「四角張った文字」をあて、そして、その意味する具体的内容を追求・言及しないというところまで後退してしまいます。
日本語の未来構文のない考え方では「個人」という概念の理解は無理でしょうね。82879
未来構文の内容には個性があるので、個人の概念を成り立たせる可能性があります。82180
> こうした未知の言葉には、意味内容が抽象的でよく分からないにも関わらず、知的で文明的な雰囲気を醸し出す何がしかの効果があり、福沢はその効果に頼ったものと思われます。
> ※参考文献:「翻訳語成立事情」柳父章
伝統的な気分・雰囲気を狙うとは、大衆の啓蒙、普及にならないですね。知的でもなければ文明的でもない。82144
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その他(若者と老人)
144688 > 「がんばれ」といわれてがんばる子供達
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 07/02/11 PM01 【印刷用へ】
> その他(幼・少・青・壮・老)
> 74969 「がんばれ」といわれてがんばる子供達
> 武田瑞紀 ( 23 青森 会社員 ) 04/07/14 PM10 【印刷用へ】
> 私が勤めている塾では優秀な成績をとった子供は一覧に名前がのって掲示されることになるのですが、それに名前がのったらしく、中学校1年生の男の子がうれしそうに「英語が一覧にのったで!」と報告してくれました。
向上心の表れですね。
> 私が中学生、高校生のときは、『「がんばれ」っていうと逆効果だ』という理論が多くきかれたような気がします。先生や親たちもなんだかとても悩んでいたような気がします。
「がんばれ」の掛け声は、人畜共通ですね。107515
> だから子供をやる気にさせるのってすごく複雑で難しいことなんだなって思っていました。> 社会人になって塾に勤めて最初の時も、子供たちにどのように声をかけていいのか、がんばれって言わずにどう声をかけていいのか考えてしまうことがありました。
昔の教育者は、学生の向上心を奮い立たせた。104420
> 英語の成績があがった男の子に「じゃあ次もがんばってね!」と期待をこめて、明るく言ってみると、「がんばれって言われても」「わからん、まぐれかも」「また次も頑張らなきゃいけないの?」っていう答が返ってくるのかな、とドキドキしていたら> その子は目をきらっきらさせてうそみたいに力強く「うん!」といってくれました。
英語を使うこと自体が考えを正しくしてくれる。84909
> その後も自習室で一生懸命がんばっている彼の姿を頻繁に見かけます。その姿は決して追い詰められている様子ではなく、「夢中になって」っていう言葉がぴったりくるような様子です。
子供は、がんばって勉強する必要がありますね。133917
> 人の期待にこたえることで評価され、そのことに素直に喜びを感じて、またさらに期待されることに喜びをかんじ、活力を見出す子供たち。こんな子供たちが次の社会をつくっていくと思うと、なんだか凄くいい社会がつくりだされていくような、とても頼もしい気がします。
しかし、英米では大人は自分自身の興味で勉強しますね。144314
日本人には、大人の勉強が続かない。107034
大人が精を出す勉強は、資格試験の準備ぐらいのものである。101712
我が国には、大人の社会が必要です。127650
無哲学・能天気の社会では、英米流の高等教育の価値は理解されないでしょうね。105530
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実現論って、何?
144607 > 「るいネット」をうけて-実現論は語彙レベルが高い?-
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 07/02/10 PM05 【印刷用へ】
> 実現論って、何?
> 2647 「るいネット」をうけて-実現論は語彙レベルが高い?-
> 高橋智浩 ( 23 京都 学生 ) 01/04/03 AM00 【印刷用へ】
> 元谷さんのご意見 (2451) に賛同します。> 確かにそうですよね、この「実現論」は、内容の良し悪しを議論する以前に、本当に万人による参加を求めている理念を紹介するモノ(文章)なのであろうかという疑問を感じずにはいられません。
TBSブリタニカとブリタニカ国際大百科事典を作ったフランク・ギブニーは、自著 <人は城、人は石垣> のエピローグ <日本を世界に伝えよ> の中で、日本人からの発信について大きな期待を寄せています。
新しい世代はある自信を持っているように見える。それに、もしもこの世代が世界とコミュニケーションする能力発見ないし再発見できれば、日本にとっても、世界にとってもそのプラスは価値観と基準の変化による国内の一時的な混乱をはるかに上回ろう。
もしも日本社会の団結性、信頼性、仕事熱、忠誠心が翻訳でき、もしもそれらが日本のユニークな価値観を世界に説明するとともに投射できれば、世界はうんと豊かになるだろう。、、、、、、 (引用終り)
> 決して理念自体を批判するのではなく、使われている用語、表現方法がよく言えば個性的で、悪く言えば異端的な印象を持ちます。> もちろん、私を含めた日本中の多くの人々が出版物やメディアなどを介して認知する日本語を「常識的」と判断しているために、そのように感じてしまうのかもしれません。> では、インターネットを活用した「万人参加」というからには「実現論(英語版)」も併せて発行されてみたらいかがでしょうか。
それは良い考えですね。「実現論(英語版)」ならインターネットを活用して世界中で通用しますね。85831(正誤表:発表したしました。→発表しました。)
> 特別な文学的表現を用い英字新聞程度の文章であれば、英語文化圏の人々はもちろんのこと受験英語教育レベルの私たちでさえもじっくり読めば大体の内容を把握することはできます。> 頭の中で日本語におきかえて理解する過程では「共認」とか「本源収束」という単語が出てくることはないにしろ、co-recognition や return to origin (適語であるか否かは別として)ならまだ躊躇なく自然に入っていくことができます。
我々には、英語だけで考えをまとめる能力が必要ですね。特に、この国の有識者や知識人には、それが必要です。83300
フランク・ギブニーは、自著 <人は城、人は石垣> の <日本人とアメリカ人―――学ぶべき存在として> の中で、下記の如く学ぶべき人間について述べています。
、、、、、日本人はフランス人やメキシコ人やロシヤ人になれないのと同じように、絶対にアメリカ人のようになれない。しかし国民として、国家として日本人の長所は途方もないものがある。これらの長所は浮気っぽい好奇心からでなく、米国と特に特別の関係を結んだわれわれの世界社会のメンバーとして、アメリカの学校でも研究され、アメリカの図書館で読まれ、国民に親しまれるべきものである。この関係の価値はアメリカ人にとってはきわめて大きく、そのように評価されるべきである。
アメリカ人が日本人にとってそうであるように、日本人もアメリカ人にとって「学ぶべき人間」なのである。 (引用終り)
> 社会構造について問題意識を常にもって、深く考え、事実を追求し、議論し合った結果としてできたものが、単なる思想教団の経典やパソコンソフトの利用規約や大物政治家の街頭演説なんかではなく、高い語彙レベルを要しないで広く万人に認知・理解され、より多くの指示・参加を得ることはそんなに難しいことではないのでしょうか。
今の日本人には、思い切った変化が必要ですね。105300
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実現論って、何?
144484 > 現代の神官=社会統合階級の欺瞞 その2/2
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 07/02/09 PM01 【印刷用へ】
> 実現論って、何?
> 968 現代の神官=社会統合階級の欺瞞 その2/2
> 四方勢至 ( 老年 京都 編集 ) 01/03/07 AM02 【印刷用へ】
> 何よりも柔軟な思考と 、、、、、 (82144をご覧ください) 、、、、、、 周知の事実でしょう。
> ところが、大学(人文系)やマスコミは、既に生命力を失い、形骸化したそれらの観念に未だにしがみついています。
観念 (非現実) は、現実の中の嘘ですね。144314
大学(人文系)やマスコミは、見栄と外聞のために未だに観念にしがみついているのかもしれませんね。84743
> 実際、彼らは百年も前から同じ言葉を繰り返しているだけで、本質的には何の進歩もみられません。
全くこうした面では、文明開化も役立たずですね。128240
> これでは、当面する社会の閉塞や危機に対応できる訳がありません。
同感です。生きる力になりませんね。日本人は議論も満足にできない。90706
> 今や多くの人々が、学者(人文系)やマスコミの論調にはウンザリしているのも、当然のことでしょう。
発言者にも聴衆にも、「あるべき姿」の内容が考えられないからでしょう。81994
無哲学・能天気の人たちの音頭では、我が国における高等教育の成果も上がらない。95609
> しかし、なぜ学者やマスコミや官僚は、生命力を失い形骸となったそれらの観念にしがみついているのでしょうか?
なんと言っても観念 (非現実) 自体の理解が不能ですからね。93383
だから哲学もできない。127883
外国からの留学生は、哲学博士 (Doctor of Philosophy, Ph. D.) の称号を求めて、先進国にやってくる。83415
我が国では、哲学が普及していないので、農学博士や医学博士などの称号を ‘Ph. D.’ と読み替えて留学生に持たせて帰国させている。84641
ある新聞で、アグネス・チャンさんの経歴を紹介していた。が、「、、、、、上智大学国際学部を経て、カナダのトロント大学 (社会児童心理学) 卒業、89年米国スタンフォード大学教育学部博士課程に留学。94年教育学博士号 (Ph. D.) 取得。、、、、、」とある。Stanford University (CA) には、優秀なSchool of Education (教育学校、師範学校?、大学院水準の学校) があるから、そこで Ph. D. を取得されたことと推測されるが、日本語での紹介に哲学のテの字も紹介されていないところが気に掛かるところである。また、米国の大学院が教養課程 (大学) とは独立していることも、あまり日本人には理解されていないのではないか。95609
英米人の目の前で日本人があれこれと多量の知識を披露すれば、「哲学がない」とのコメントをいただくことになる。106585
このような状態は、世界観がないことにより「あるべき姿」を相手に伝えられず、生きる力の不足ともなっている。128519
128519の正誤表
正: 83201(正誤表: 「あるべき姿」ない→「あるべき姿」のない;
誤: 83201(「あるべき姿」ない: 「あるべき姿」のない→;
> それは彼らが、それらの観念を売り物にして現代の神官としての特権的な身分を手に入れた特権階級だからに他なりません。
そのようなことは、何処の国でも一般的に避けられないことなのでしょう。143978(正誤表:意思の表す→意思を表す)
だから、国際的には、英米流の高等教育を受けるためには英語圏への留学が主流になるのでしょう。92856
> あるいは、本来万人が担うべき社会の統合という課題に自分たちだけが高給をもらいながら関われる身分という意味で、特権的統合階級と呼んでも良いでしょう。
残念ですが、結果としてそういうことになっていますね。序列制度も加わって、他に方法もないのでしょう。100288
生きる力不足であることは、誰しも同じことですがね。139852(正誤表:増水よる→増水による)
> (ちなみに、万人が社会統合という課題を担い得る可能性を秘めているのが、他ならぬこのインターネットなのです。)
インターネットによる万人の統合だけでは、一億一心の結果になりかねないですね。84432
やはり、言語の問題から解決しなければ、ITの恩恵に浴して生きる力を獲得する場合にも能率が上がらないでしょうね。103794
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何で新理論(構造認識)が必要なの?
144314 > 観念パラダイムの逆転2 現実否定の倒錯思考
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 07/02/07 PM06 【印刷用へ】
> 何で新理論(構造認識)が必要なの?
> 20354 観念パラダイムの逆転2 現実否定の倒錯思考
> 四方勢至 ( 老年 京都 編集 ) 02/01/09 PM05 【印刷用へ】
> 原始人も現代人も、現実に立脚して生きており、その意味では、現実を受け容れ、肯定して生きている。
> それは、当然すぎるくらい当然の事であって、現実を否定するなどというのは天に唾するようなもので、現実には有り得ない不可能なことなのである。
昔の日本人には、現実しかなかった。非現実がなければ現実という言葉も必要なかった。84909
> 実際、我々はメシを喰うことを現実に否定することは出来ないし、その為に市場の中で何がしかの金を得ることを現実に否定することも出来ない。
> 現実の否定は、頭の中でのみ(=観念としてのみ)可能なのであって、決して現実には有り得ない。実際、現実にメシを喰いながら現実を否定するというのは自己欺瞞であり、それでは下半身(存在)と上半身(観念)が断絶し分裂して終う。
日本語では観念 (非現実) を言葉にするのが難しい。93835
観念はこの世の嘘である。嘘とは非現実のことをいう。98892
> それほどに、現実を否定する意識というものは異常な意識なのであり、この異常な現実否定こそ、現実の中に可能性を求めるのではなく、頭の中だけに閉ざされた可能性を求める(当然それは決して実現されることがない)倒錯思考の原点である。
現実を否定できませんね。104460
現実は、実況放送・現状報告の内容となります。82057
現実は、現実構文 (現在構文) に搭載されて実感を与える。86547
日本語には時制がなく現実構文しかないので、日本人は現実しか語れない。82596
だから、日本人が観念 (非現実) を語れば話が混乱する。84116
非現実の真偽のほどは、事実関係調べでは決着が付かない。82123
> 現代社会の至る所で噴出する異常現象は、全てこの現実否定→倒錯思考の観念パラダイムが生み出したものであると云っても過言ではない。
インド・ヨーロッパ語族の語る天国とか極楽とか地獄はこの世の話ではない。非現実の内容である。127883
天国を語るキリスト者も、それに対抗するマルクス主義者も、非現実の内容を説いて現実の人を指導する。103994
彼らの語る内容は非現実であり、我が国において人心を惑わす。その内容は、日本語の現実構文に搭載不可能だからである。82354
だから、キリスト教も共産主義も我が国においては危険思想と呼ぶことができるのかもしれない。100065
> 事実、私権時代の全ての既成観念(古代宗教と近代思想)は、この異常な現実否定意識に基づいて作られている。
もし、理想 (非現実) があり現実があるならば、それらを比較することによりこの世における是非のほどを議論することも可能になる。127725
もし、非現実の内容がないならば、神も仏もなかりけりです。83281(正誤表:人をEさない→人を殺さない)
> その証拠に、これまで現実を否定する意識は、常に暗黙の内に正(義)として意識され、現実を否定する意識そのものを疑うような意識は、全く登場してこなかった。
インド・ヨーロッパ語族の人が瞑想するのは、非現実構文 (未来構文と過去構文) の内容を考え出すために行なっているのでしょうね。132214
実は、過去構文の内容には現実と非現実がありますが、そのことはまた別に機会があったらお話ししましょうね。
> これは、現実否定→倒錯思考が、私権時代を貫く思考のパラダイムである事を示している。
日本語脳では、現実に批判を加えることはできませんね。それは批判の基礎となる自己の基準というものがないからです。84116
自分自身に基準のない人は、つかみ所のない人間です。127748(正誤表:ある以上体験→ある異常体験)
個人主義のない社会においては、個人的な考えの内容に興味を示す人がいない。99510
だから、つかみ所のない人の存在は気に掛からない。82478(正誤表:’You can read more at’ を削除する )
> このパラダイムの内部では、それによって作られた観念群をどう組み変えても、又、どれだけ深く思考を巡らせても、決してパラダイムそのものを否定することは出来ない。
そうですね。143978 (正誤表:意思の表す→意思を表す)
> だからこそ、これまで現実を否定する意識に対する懐疑(例えばデカルトの「我、思う」ことそれ自体に対する懐疑)は、針の先ほどの疑問さえ全く生じ得なかったのである。
まったく次元の違った話ですからね。91213
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アメリカ→官邸→マスコミの共認支配を許すな
144229 > 欠陥率100% トヨタのリコールを問わないマスコミの偽善
寺嶋眞一 ( 69 静岡 無職 ) 07/02/06 PM03 【印刷用へ】
> アメリカ→官邸→マスコミの共認支配を許すな
> 144205 欠陥率100% トヨタのリコールを問わないマスコミの偽善
> 阪本剛 HP ( 33 千葉 SE ) 07/02/05 PM11 【印刷用へ】
> ところで、日本最大の自動車メーカーのトヨタの欠陥車率(販売台数でリコール台数を割った率)が、100%を超えていることは、あまり報道されていない。> リンク> リンク> 近3年、トヨタは毎年170万台の自動車を製造している。一方、毎年180万台以上のリコールを出している。> 欠陥率が100%を超えるのは、10年近くも前の欠陥が今になって発表されるからだ。しかし、今、10年前の車種から乗り換えている人が大半だろうから、トヨタは修理負担を大幅に減らしているはずだ。
こうした欠陥車は、どこの自動車メーカーにもあるのでしょうね。98535
> トヨタは、1000億円以上の広告費を使っている。マスコミは、広告費を削られたくないから、トヨタのリコールについてはほとんど報道しない。
> 逆に、三菱のリコールなどについてはこれ見よがしにバッシングする。明らかに不平等だ。> 社会的正義を振りかざしながら、自分の懐具合を見て態度を変えるマスコミの姿勢は、偽善そのものではないだろうか?
同感です。143878
トヨタのデータだけをリンクに掲げるなど、自動車の安全を願って取材しているとも思えませんね。82144
この国には、拝金主義 (mammonism) がはびこっています。102748
我らの行き着く先を地球規模 (global) のあり方に定めているのでもなく、全世界 (universal) に定めているのでもない。143213
マスコミが公器 (公共の役に立つもの) であるとの観念は、きっと日本語脳には入らないのでしょう。128355
外人のフランク・ギブニーも、自著 <人は城、人は石垣> の <日本文化のエコロジー> の中で「最低の週刊誌から身を守るには金しかない」と以下のごとく述懐しております。
スキャンダル専門の週刊誌のテクニックは、記事の餌食に「活字にしますから」と電話をかけてくる。想像されようが、日本の名誉毀損法は絶望的に効果がない。アラさがしの週刊誌は日本のジャーナリズムで悲しむべきほど長い伝統を持ち、この事実をフルに利用する。たいてい結婚問題で悪くいわれた芸能タレントだが、だれかが面倒でも訴訟を起こすのはごくまれなケースである。そのような週刊誌は、残りものにたかるハエのように、日刊紙がカバーした大ニュースの残骸に群がり集まる。トップ屋はアイディアや証拠の端切れを週刊誌に売り込み、自分で記事を書かないこともありえよう。この種のゲリラ戦闘では、最高の場合でも発言は文脈から切り離して引用され、最低の場合な捏造される。最低の週刊誌から身を守るには金しかない (、、、、、)。逆にマスコミに圧力をかけることもできる。困った名士やビジネスマンにとって幸いなことに、週刊誌の広告部は一般に接近しやすく、友好的である。週刊誌はひどく競争の激しい商売なので、2、3ページの広告でも、驚くほど大量の怒りの記事をぐにゃぐにゃにすることができる。(引用終り)
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