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いい女って、何? いい男って、何?
127808 > Re3400(山崎さん)男女同権の場は限定されます。
寺嶋眞一  ( 69 静岡 無職 ) 06/08/10 AM03 【印刷用へ】

> いい女って、何? いい男って、何?
> 3423 Re3400(山崎さん)男女同権の場は限定されます。
> 田村春信  ( 39 京都 建築士 ) 01/04/20 AM01 【印刷用へ】
> 山崎さんの投稿3400のなかで>>男女同権とは性別からくる先入観を振り払う仕組みかと思います。> とされている点について指摘したいと思います。
> 男女同権が「性別からくる先入観を振り払うしくみ」である事はその通りだと思います。しかし性差の事実を振り払うのは間違っています。性差は越えられない差です。

そうですね。オリンピック競技の記録も男女別ですね。69061

> 次に、「性別からくる先入観を振り払う仕組み」が機能するのは限定された場所に限られるということです。> たとえば「学校」は男も女も同じ事を学習させます。女だからという先入観なしに成績を評価しなければなりません。ここでは人格や性差は関係ありません。> また「工場労働」や「定型課題の事務作業」は、業務が適切に進行しているかが評価されるべきで、男女が同じように働く場では女だからという理由で職域をかえる必要がありません。> このように男女が同じようなことを同じようにできる場では、先入観で区別するのはおかしいですね。

同感です。101058
リーズナブルな (理性となりうる・理由となりうる・適当となりうる)判断が必要ですね。83749

> ところが人間社会は「同じ事を同じようにできる場」ばかりではありません。> 「集団」というと遊び仲間や学校や会社をイメージされているかもしれませんが、これらはいずれも偏った集団です。> たとえば出産や育児はべつの集団に分離されています。> 最先端の闘争は会社でも極一部の男しか担えません。> 男女がその真髄を発揮する場は、とても重要な場として存在しています。

同感です。81994
男女同権は、男女間の不当な差別だけをなくそうということですね。88592

> 従って、ある場面(男女が同じようにできる場)で男女同権が正しいとおもえたとしても、違う場面を(最先端の闘争、保育)を包摂して考えると間違っていることがわかります。

同感です。102748
自由についても、平等についても、人権についても、男女同権と同様なことが考えられますね。101180
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実現論って、何?
127748 > 観念のメリットとデメリット
寺嶋眞一  ( 69 静岡 無職 ) 06/08/09 AM05 【印刷用へ】

> 実現論って、何?
> 1921 観念のメリットとデメリット
> しもむら  ( 23 岡山 学生 ) 01/03/22 AM02 【印刷用へ】
> 日本は無神教と言われるように、その場の状況に適した行動をとることが原則とされ、西洋のような神との関係による個人の守るべき戒律などない。

日本語では、非現実の内容は語れませんね。83281

> 一方、古代宗教による西欧的観念は確かに本源価値を言葉化したものであり、欺瞞観念であるかもしれないが、メリットはある。例えば、ある種の観念にもとづく行動理念を持つことで、判断基準を持ち、自己の行動を振り返ることができ、修正もでき、長期的な予想を立てやすい。

観念 (非現実) を基準として「是か・非か」の判断が可能になりますね。83749

> 日本はもともと西欧的観念に基づく行動理念がないので、その場の状況、立場によりリスク、矛盾を減らすように個人の行動は変わり、変化には強く柔軟な対応が可能だが、自己の観念に基づく長期的な予想が立てられず、常に模倣、後追いの立場でなければならない。

日本人は、日和見主義ですね。97794
つかみ所のない人間に留まっていては、人の信頼は得られませんね。82478

> このように観念には様々なデメリット、メリットがあるが、私たちが目指そうとしているのはこの2つのよい面を合わせたもの、つまりいったん皆が事実と認めたものを行動理念、観念の一つとし、またそれに凝り固まることなく、自己反省を繰り返し(仮説をとりいれ修正を重ねる)変化に対応していくものであろう。

「皆が事実と認めたもの」は、事実と同じ内容にはならないでしょうね。83415
談合は、現実直視に欠けている。83747
観念の一つとする行動理念は、目先・手先の内容でしょうね。非現実の内容にはならないでしょうね。85728
自己反省もあまり当てにはならないでしょうね。93613
山本七平は、自著 <ある以上体験者の偏見> の中で、反省の押し売りに関する疑問を、下の段落のように述べています。

、、、、、私が常に不思議に思うことは、戦前の「恥を知れ、反省しろ」であれ、新井宝雄氏の「反省が見られない」であれ、本多勝一氏の「恥としなければならない」であれ、軍隊の「キサマラ、反省がタリン」であれ、「恥を知れ、処決せよ」であれ、たえずこの言葉を口にするこの人たち自身が「自らを律しそれを基準にして生きている主義」は、一体全体、何という主義だったのだろうかという疑問である。
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潮流1 共認充足の起点(仲間収束と充足基調)
127725 > みんなで議論を重ねること
寺嶋眞一  ( 69 静岡 無職 ) 06/08/08 PM09 【印刷用へ】

> 潮流1 共認充足の起点(仲間収束と充足基調)
> 40172 みんなで議論を重ねること
> 朝井俊夫  ( 49 福井 会社員 ) 02/09/17 PM01 【印刷用へ】
> 日本人のディスカッション下手は、何が原因なのだろうか。
> 義務教育15年間を通じて常に一貫している様式が、トップダウンという一方通行的伝達方式である。

上意下達の精神か、それとも詰め込み教育か。11430

> 比較的年少の頃は、知識が必要なので、この一方的な伝達はむしろ必要でありかつ重要であると思われる。しかし、知識をある程度蓄えた段階、だいたい小学3〜5年位になると、ものを考えるようになるのが普通である。もちろん人によって違いがあり、幼少の頃から、「なぜ、なぜそうなるの?」というなぜなぜ攻撃が始まる子供もいる。

事の次第を尋ねるのですね。それなら子供にでもできる。107155

> 「何故そうなるのか?」この疑問は、その思いを抱いた人間が、構造を認識したい、あるいはその必然性を知りたいという欲求にかられていることを示すものである。これに対する先生の応答は、「これこれこうだからです」という一方通行がほとんどで、「答え」が、いとも簡単に提示される。そこには、皆で意見を出し合い、自分の考え方を発表し、みんなで検討する、そういう段階がない。

談合の段階ですか。106718

> 小学生の頃から、みんなであれこれ検討し、みんなでいろんな見解を出し合い、議論を重ねるという習慣が身につけば、物事をいろんな角度から見ることができるようになるだろう。

個人的見解の相違を明らかにするには、未来構文が必要ですね。だが、未来構文は日本語にはない。82123

&#61656; 構造認識には、意見を提示し、他の意見も聞き、そして議論を重ねるという手続きが必要であると思う。義務教育の数年間は、この重要な「手続き」欠如の期間であるとも言えると思うのだが、それでも意見を言いたかった、他の生徒の考えを聞きたかったという「悔い」を残している人は多いと思う。

英米流の議論をするには、「可能か・不可能か」の判断以外に、「是か・非か」の判断も必要になります。84116
山本七平は、自著 <ある異常体験者の偏見> の中で、比島での収容所時代の戦争体験に関して、下の段落のような内容を述べています。

、、、、、私だけでなく多くの人が、事ここに至った根本的な原因は、「日本人の思考の型」にあるのではないかと考えたのである。面白いもので、人間、日常生活の煩雑さから開放され、同時に、あらゆる組織がなくなって、組織の一員という重圧感はもちろんのこと、集団内の自己という感覚まで喪失し、さらにあるいは処刑されるかも知れないとなると、本当に一個人になってしまい、そうなると、すべては、「思考」が基本だというごく当然のことを、改めてはっきりと思いなおさざるを得なくなるのである。そしてほとんどすべての人が指摘したことだが、日本的思考は常に「可能か・不可能か」の探求と「是か・非か」という議論とが、区別できなくなるということであった。、、、、、、

私は、山本七平の見解に同感します。
「可能か・不可能か」の探求は、現実において行なわれるものですね。経験から得られる。82193
「是か・非か」という議論は、非現実においてしかなされないものですね。洞察力により得られる。101712
「是か・非か」という議論を現実構文に載せて考えると、必ず現実と非現実が頭の中で混乱しますね。82354
つまり、「可能か・不可能か」の探求と「是か・非か」という議論とが、区別できなくなる。82320
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実現論って、何?
127706 > 異端視
寺嶋眞一  ( 69 静岡 無職 ) 06/08/08 PM01 【印刷用へ】

> 実現論って、何?
> 574 異端視
> 岡田理恵  ( 27 大阪 受付 ) 01/02/27 PM05 【印刷用へ】
> 企業としては異端視されることはかなりのリスクを背負うことになると思います。

企業倒産の恐れもありますね。106317

> でも、だからといって事実が分かっているのに黙っているのはおかしいと思います。

知らせる価値のある事実あれば、知らせたほうが良いですね。85831

> 現代社会が疲弊しきって、閉塞しているということは誰もが感覚としてはあるんじゃないかと思います。

感性の話ですか。83747
感性は、歌詠みに通じていますね。82285

> 私はみんなが新しい何かを求めているのではないかと、そこに可能性を感じます。

各人が新しい内容を発表すべきですね。83459
そうすれば、現今の閉塞を打開できるでしょう。84361

> だからこそ異端視を恐れずに前へ推進していく事こそ、今の新しい社会を切り開いていけるということだと思います。

同感です。127233
だがしかし、談合体質を持ちご唱和を無上の喜びとする私達には、異端視を受け入れることは容易ならざるものがあるようです。82123
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その他(マスコミ)
127681 > 「ネタはもういい!だからどうやねん!!」
寺嶋眞一  ( 69 静岡 無職 ) 06/08/07 PM09 【印刷用へ】

> その他(社会統合)
> 71653 「ネタはもういい!だからどうやねん!!」
> 坂本伸一  ( 40代 青森 総務 ) 04/05/09 PM05 【印刷用へ】
> 最近テレビをつけっ放しにしてにしてふと気付くのが、「○×○×○×・・・どうなっている? なんで?」と、視聴者に問い掛けるテーマ提示をしていることだ。結構このような問いかけのトーク番組が多い。
> これだけであれば、我々が今行おうとしている事(言うまでも無く「なんでや」の拡大)が、社会・マスコミにも浸透しつつあるのか・・・と思うところだが、後がいけない。結局問い掛けっぱなしで、無責任な発言・アンケート結果ばかりが延々と続き、何も結論=答えが出てこない。(アンケート結果についてもどこまで信頼できるものかわかったものではない)

実況放送・現状報告の内容のようなものでしょうね。82476
事の成り行きを知るのには、役立ちそうですね。102019(正誤表:でるので→できるので)
だが、「それで、どうした」の問いかけには、答えが出せない。93557

> 識者ぶった顔をした専門家・タレントがいかにも「解っています」「国民の意見を代表しています」とばかりに、討論というか、言いたい事(というよりその場で思いついたことのように響く)を垂れ流す。

恣意の自由ですね。とかく、この世は無責任。82735
感性を働かせて、その場限りの歌を詠むのでしょう。93729

> 彼らにとっては、今話題に取り上げられた疑問「世の中のなんで?」というテーマは、単なる話のネタ(メシの種)に過ぎない。これでは、その時その時の世相・社会風潮を話題にする漫才や落語を聞かされているのと全く違いが無い。

実況放送・現状報告の内容のようなものでしょうね。82057
話題は、「世の中」という現実ばかりであって、「あるべき姿」を示す天国 (理想) の内容はない。97911
もしも理想が明らかになれば、理想と現実の差を縮める方策についても議論できるのだが、我々にはそうした議論の習慣はない。127502

> 書物やインターネットの普及によって、我々の手元には実に安易に、しかも瞬時に必要とする情報が届けられる。しかしこれも同様である。結局自分が満足し、安心するための手段に過ぎない。その情報を知らない他人に向けて、「答え」ではなく「事件」があったということだけが伝えられる「ネタ」を手に入れただけである。

同感です。
当事者の立場ではなく、傍観者としての報道内容ですね。それで、視聴者は安心する。127233

> 事実(真意)はそのように簡単に伝わらなくなっているのが現代なのではないか?

同感です。
事実の内容について、その意義を明らかにすることは、いつの世にも難しいことですね。127662
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プロ(学者・官僚・政治家・マスコミ)による観念支配こそ、時代閉塞の元凶

127662 > 気付かないうちに刷り込まれているのがマスコミによる共認“支配”。
  寺嶋眞一  ( 69 静岡 無職 ) 06/08/07 PM01 【印刷用へ】

> プロ(学者・官僚・政治家・マスコミ)による観念支配こそ、時代閉塞の元凶
> 127654 気付かないうちに刷り込まれているのがマスコミによる共認“支配”。
> すずかん  ( 24 山形 設計 ) 06/08/07 AM08
”マスコミ嫌い”で知られた総理大臣、佐藤栄作(1901生〜1975没)が、1972年6月の退陣表明記者会見の冒頭で以下のように述べている。> 「テレビはどこだ?テレビ、前に出て下さい。偏向的新聞は大嫌いだ。新聞は間違って伝える。新聞記者は出て行ってくれ」。新聞記者の抗議に対して、「構わない。テレビは真実を伝えてくれるので私は直接テレビから国民の皆さんにご挨拶する。やりましょう」
> 最後にはマスコミの持つ、共認形成の力を認めたといえるのではないか。

山本七平は、二つの相反する論説を同一紙に掲載することについて新聞社の人に訊ねたときの答えを<ある異常体験者の偏見>の中に次のように書いている。『、、、、、結局、読者は安心したいのですよ。その人は答えた。二つの相反する論説を比べて自分で結論を出す過程の不安に耐えられない。そして自分が出した結論にも安心できない。従って自分で考えず、考えることを新聞に白紙委任して、世の中はこうなのだと断定してもらって、それを信じて安心していたいのですよ、と。』 ついで、山本七平は自分自身の見解について、『、、、、、また私自身出版者なので、同じ問題を感じないわけにはいかないからである。だがそれでは、読者は、子守唄を聞く幼児であっても、情報を受け取る「主権者」国民ではないはずである。 
どうしてそうなるか。この関係は、おそらくマスコミのすべてに通ずる一種の相関関係であろう。「白痴番組」という言葉は、白痴視聴者がいるということであり、「画一的記事」という言葉は無思考画一的読者がいるということである。新聞は事実を報じていないという、それは、事実を知りたくないという読者の要望に応えているからであろう。 、、、、、』である。

> ※テレビを利用して個人主義やくだらない情報を垂れ流す人間が悪であって、決してテレビそのものが悪いわけではない。伝播力だけを見れば、ネットと同様大きな可能性を持ったメディアであることは言うまでも無い。

個人主義がなければ、佐藤栄作自身から個人意見を聞く必要はない。ご唱和の内容を聞いて安心したいのであれば、画一的記事を掲載している新聞を読めばよい。つまり、メディアの使い方にもいろいろある。82123
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大人って、何?
127650 > ”大人”の定義
寺嶋眞一  ( 69 静岡 無職 ) 06/08/07 AM02 【印刷用へ】

> 大人って、何?
> 3893 ”大人”の定義
> 井上浩美  ( 22 大阪府  ) 01/05/06 PM06 【印刷用へ】
> 医師や学者が定義した「大人」には次のような項目が挙げられました。
>   *自分の価値観を持っている

日本人の場合、見栄と外聞が判断の基準になるのでしょうね。84743

>   *他人への配慮が出来るようになる

序列的配慮が主たる配慮になるのでしょうね。92478(正誤表:定時→呈示)

>   *人との協調性がある

理想を共有していないので、「同じて和せぬ」人たちとなるのでしょうね。96289

> *大人像というものは常に変化する物である

環境に対する適応状態の良いことを指すのでしょうか。

> 一方子供達が言う大人像のなかで最も興味深かったのは次の物でした。
> *大人になること=夢を諦めること

子供の夢は、恣意 (私意・我儘・身勝手) ですね。84341
滅私奉公・序列修行という日本式人間教育 (修身) により、大人は諦観に達するのでしょう。82735

> だから自分は大人にはなりたくない、いや、ならない。いつまでも少年のままがいい。そうその子供は付け加えていました。

日本人の大人に関しては、マッカーサの「日本人12歳説」も考えてみなければなりませんね。126286
つまり、1951年5月、マッカーサは上院の聴聞会に出席し、「近代文明の尺度で測れば、われわれは45歳で成熟した人間であるのに比べると、日本人は12歳といったところ(like a boy of twelve)だ」と発言したことです。93930
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応援板
127595 > 真っ当に思考できること
寺嶋眞一  ( 69 静岡 無職 ) 06/08/06 AM10 【印刷用へ】

> 応援板
> 3056 真っ当に思考できること
> 澤根和治  ( 32 山形 現場監理 ) 02/08/19 PM11 【印刷用へ】
>>自らの投稿がみんなにとってどれくらい価値のあるものなのか、が今までよりもより“リアリティー”に感じられるからだと思います。(2288河村さん) > リアリティーを感じられるのは、既存の枠を超えて本来あるべき姿に向かって思考できるからだと思います。

個人の考えを表す投稿に価値がありますね。104107
現実は、「今ある姿」の内容です。82180
この世の「あるべき姿」は現実の中にはない。82354
現実という既存の枠を超えて「あるべき姿」を考えるのは容易ではない。127538

> 日常、仕事において真っ当な思考が止められてしまう場面も多々ありますが、そのような場を突破し、本来あるべき認識を形成していくために自分も頑張りたいと思います。

同感です。日本人には、真っ当な思考をすることが難しいですね。84909
お互いに真っ当な思考ができるように頑張りましょうね。88345
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その他(マスコミ)
127538 > 友人は過去の蓄積ではなく常に未来にある
寺嶋眞一  ( 69 静岡 無職 ) 06/08/05 PM08 【印刷用へ】

> その他(社会統合)
> 68012 友人は過去の蓄積ではなく常に未来にある
> 吉原徹  ( 50歳代 大阪 現場監理 ) 04/02/15 PM09 【印刷用へ】
> 今迄は付き合いが長くより多くの過去を共有している相手ほど重要な友人だと思ってきたが、友人は過去の蓄積ではなく常に未来にあるものである。今迄には無い新たな気付きを得る為には新しい出会いを開拓しなければならない。

同感です。懐かしさの追求では、未来は開けませんね。93729

> これまで日本人は「誰とでも友人になれる」という発想を殆ど持っていなかった。たとえば、同級生という枠組みがあれば友人になれるが学年が違うと先輩・後輩の関係が成立する。会社では同期入社連中とは友人になれるが、それ以外の相手とは全て上下関係が発生する。いずれにしても何かが「同じ」でなければ友人になれない。

同感です。縦社会 (序列社会) のしがらみですね。100777

> しかし、今や時代は変わってしまった。これまでの「友達世界」を突き破って年齢も肩書きも関係の無い無限に広がる「仲間空間」に踏み出していくべきであり、まさにこれに応えてくれる場が露店だと思う。

同感です。人間は平等に作られているのですね。123619(正誤表:Thomas Jefferson (1950)→’Rough Draft’ of the American Declaration of Independence, in J. P. Boyd et al., Papers of Thomas Jefferson (1950) vol. 1)

> 皆がこの場に集まって話し合い共認形成が出来れば、今迄不可能と思っていた事が皆の力で変革出来る可能性を感じ始めるだろう。やがて人々の意識が傍観者から当事者に変わる事により、思考停止と無難志向で生きてきた甘え空間から脱出し、根底から社会を変えていこうという実践課題に皆が収束していく時が目前に来ているように思われる。

理想の内容を共有できれば、協力関係が生まれますね。84047
意思を持つことができれば、傍観者から当事者に変わることができますね。92993
現実の枠に囚われることがなければ、思考停止には陥りませんね。126286
個人に世界観があれば、政治的手段により根底から社会を変えていくことも可能ですね。83201(正誤表:「あるべき姿」ない→「あるべき姿」のない; わが国民フ→わが国民の)
日本人の「世の中」という単語は、現在構文の内容。実物で示せば、盆栽・箱庭・一坪庭園のようなものになる。これには実感がある。108182
英米人の世界観は、未来構文の内容。絵で示せば、天国のようなものになる。これは絵に描いた餅か、それとも空理空論であろうか。82285
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実現論って、何?
127502 > 閉塞と可能性
寺嶋眞一  ( 69 静岡 無職 ) 06/08/05 AM04 【印刷用へ】

> 実現論って、何?
> 475 閉塞と可能性
> 今井靖明  ( 29 長野 営業 ) 01/02/25 AM02 【印刷用へ】
> つまるところ、社会的な事柄には「興味を持たない人」が大多数であり、興味もないのに理解するはずもなく、判らなければ「気持ち悪い」のも当然、という分析になりましょうか。

世界観を持たない個人が大多数ではないでしょうか。83201(正誤表:「あるべき姿」ない→「あるべき姿」のない; わが国民フ→わが国民の)
社会的な事柄と自分自身の世界観の内容を比較すれば、何かしら意見が出てくるのでしょうがね。84116
いかんせん、日本人には世界観が持てない。85728

> 私は、社会問題の数々が具体的に解決される(べき)ことに無関心な人は、少数ではないかと思います。人々が興味を持たないのは、‘どうすれば解決できるのか’を‘自ら考えようとすること’ではないでしょうか。

理想と現実の比較ができないのですから、社会問題が具体的に解決される(べき)ことにも無関心です。82144
その意思が無いのでしょう。そして、意思のあるところに解決法があるのでしょう。82735
 
> このことは、「私権社会の終焉」の間接的な例証でもあると考えます。私権社会は、大衆が私権獲得にワキメもふらず邁進して――大衆意識をそこに封じ込むことで支配身分を独占して――こそ成立する統合原理となります。
> そこでは本来、大衆は社会の統合矛盾など直観的にも看取ってはなりません。言葉にできずとも‘どこかおかしい’と観じとる意識は、社会が統合不全に陥っていることを知っており、同時にそれは、もはや私権(だけ)には収束しきれないことを示しています。
> (旧来なら宗教が、この言葉にならない意識を掬い上げてきたのでしょう。しかし今は、宗教的価値も相対化され尽し、しばしば嫌悪の対象ともなります。)
> 形だけは現に私権社会ですが、それでは(社会秩序も個々の意識も)統合しきれなくなっているのです。

どさくさな社会ですね。「衣食足りて礼節を知る」ですか。102886

> 制度と同様、‘自ら考えようとすることに興味がない’大衆意識も私権社会の残骸だといえるでしょう。私権社会の支配原理は、大衆の「自分さえよければいい」「自分が金をもらえればいい」という意識を――武力や財力、共認支配力をもって――鼓舞し、そこに封印してきました。

自己の世界観をこの地上で実現しようという意思はない。それは、天国に行きたいと思わないようなものか。126878
信じているのは、恣意 (私意・我儘・身勝手) の自由だけである。これは、意思の自由の誤解による。84743
日本語の文法上、「あるべき姿」の世界の中に入って考えることが難しい。81994

> 誰もが明るい未来を想い描くことが困難な今の時代、それが人類史上の転換期ゆえの社会的不全の顕われに他ならないと認知し、視点を変えることで、社会全体を覆う不安観もまた未来への展望、基盤でもあると気付くことができます。

誰もが明るい未来を想い描くことが困難なのは、暗い現実に囚われすぎるからです。87086
各人の理想を一致させ、現実と理想の差を縮小させるように協力しあうべきです。107981

> ‘現実の壁’の可能な限り正確な理解、それを乗り越えるための基盤となる事実の発掘こそが、今ここで私たちが共に‘自ら考えようとする’ことなのではないでしょうか。

日本人の考えることは、現実の内容に限られます。つまり、目先・手先の内容を越えることができません。82057
共に‘自ら考えようとする’内容は、未来の事柄に限られています。 絶対であり完全であり、人の一生をかけてもたどり着かない内容であります。これは、英米人の哲学であり、世界観であります。123619(正誤表:Thomas Jefferson (1950)→’Rough Draft’ of the American Declaration of Independence, in J. P. Boyd et al., Papers of Thomas Jefferson (1950) vol. 1)
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